折れない人生に必要なベースキャンプ
チームSKM 佐々木千博です。
今週のチームSKMからのメルマガでは、
池原さんが「心理的安全性」を丁寧に解説してくれました。
上村さんが「挫折と成長」について自身の体験も
踏まえて、深掘りしてくれました。
その流れに乗って、私も「心理的安全性」や「挫折」を
テーマに「折れない人生に必要なもの」ということを
私自身の体験をベースに感じ考えてみたいと思います。
さて、人生には「登り坂」「下り坂」「まさか」の
三つの坂があるとよくいいますが、
誰しもが、様々な挫折や失敗を経験されていると思います。
特に経営者やリーダーの方は、
予期せぬトラブルや人間関係の摩擦、業績の低迷など、
心が折れそうになる瞬間が、より多くあるかもしれません。
しかし、そこで完全に潰れてしまう人と、
何度でも立ち上がり、
やがて大きな成長を遂げる人がいるように思います。
その違いは一体どこにあるのでしょうか。
今回は、私自身の少し恥ずかしい過去の経験も交えながら、
人が立ち直り、イキイキと成長し続けるために
欠かせない「ある場所」についてお話ししたいと思います。
あくまで、一個人体験がベースですが、
共感頂けることや、参考になることがあれば幸いです。
狙ったことが叶わなかった「全敗」の前半生
実は私自身、かつては「落ちこぼれ社員」でした 。
それどころか、26歳くらいまでの私の人生は、
狙って、望んで実現したことがほぼない、
言ってみれば「全敗」に近い状況でした。
生まれ・育ちは恵まれていたと思います。
両親のおかげで暮らしに苦労したことはないし、
自分がやりたいことはやらせてもらえる環境がありました。
しかし、考えすぎだったり、人目気にしすぎだったり、
どんくさかったりして、ほぼ全敗だったのです。
簡単に失敗・挫折遍歴をご紹介します。
(軽く読み飛ばしてもらえば)
幼稚園、極度の人見知りで最初から登園拒否(だったらしい)。
小学生になっても体が小さく、コミュ障で、
いつもプロレス技をかけられる「やられ役」でした。
「いい息子であらねば」という観念もあり、
少年野球や少林寺拳法も親のアドバイスのまま、
辞めたくなかったのに辞め、塾に通い始めました。
確たる想いもないまま、母のアドバイスのまま挑んだ
中学受験は、見事に不合格。
進学した荒れたマンモス中学では、体も小さく大人しい
私に取って居心地のよい場所ではありませんでした。
入学早々にバタフライナイフを突きつけられるような経験もしまし
ボコボコにこそされませんでしたが、
カツアゲは何とか回避してましたが、
時折プチいじめのような目に遭う、
中学でも、母のアドバイスに素直?に従い
帰宅部で塾へ通うも、高校受験も失敗し、最寄りの公立高校へ。
高校に入ってもクラス内で、落ちこぼれ組です。
数学の定期考査・再試験・再々試験の
皆勤賞をとるある種のエリートw
はじめて自分の意思で挑んだ大学受験も、
センター試験で大失敗し、滑り止め予定の大学も受験すらできず、
結局家から近い大学に入学しました。
いわゆる不本意入学です。
(合格発表前に予備校の試験も受けに行ってましたが、
周りにお前は浪人しても伸びないと説得されました)
留年しかけながらも、なんとか大学院まで修了したものの、
就職活動では行きたい企業はすべて不合格。
最初に受かった大日本印刷(DNP)に入社することになります。
入社後も試練は続きました。
配属希望は第三希望まですべて叶えてもらえず、
予想だにしなかった部署に初期配属。
配属場所に連れて行かれる時は、ドナドナの気分でした。
2年目に改めて異動希望を聞かれた際、
「関西だけは避けてほしい」とお願いしたにもかかわらず、
見事に地元・関西へ異動となりました。
そして、初めて任された仕事の一つが
いきなりプロマネ的なポジション。
今の所、人生最大の大炎上です。
そこでお客様(経営企画のインテリヤクザ的にかしこい人)と
システムに詳しくない営業部門、開発部門の3面・板挟みになり、
毎日悪夢で目を覚ましたり、顧客最寄り駅で嘔吐したり、
オフィスに段ボールの家つくって寝る状況でした。
挙げ句の果てに、なんとかやり切ったものの、
会社に大きな損失を出してしまいました。
ここまでが26歳。ほぼ全敗です。
27歳くらいから、ここまでの蓄積なのか?
運に恵まれたのか、失敗も勿論するのですが、
少しずつ「願いが叶う」ようになっていきました。
どん底から這い上がれた理由と「ベースキャンプ」
外形的に見れば、挫折と失敗の連続です。
今でこそ、こうやって公開できるし、
笑い話だったり、いい想い出に美化されたりしていますが、
その時々は、自分なりに大変でした。
しかし、私は結果的に、不登校になることも、
休職に追い込まれることもありませんでした。
(炎上案件は鬱という概念やDrにかかっていたら
強制休職にされたかもしれませんが…汗)
どんくさいながらも、その時々で凹みつつも、
少しずつその都度復活し、組織で働くビジネスパーソンとしても
最終的には社長賞を頂いたり、特別なプロジェクトをさせて
いただいたり出来るようになりました。
別の理由で独立・起業はさせていただきましたが、
今でもDNPにも愛着をもっています。
なぜ、そのようなことができたのか?
今振り返って思うのは、私にはどんなにバツをもらっても
立ち返ることができる「ベースキャンプ」
があったからだと思っています。
人生の最初からある絶対安心のベースキャンプは
「家族(実家)」でした。親の愛情が重たく感じたり、
プレッシャーになったりした時期もありましたが、
自分という存在が受け入れられている感覚や、
絆や愛情を疑ったことは一度もありませんでした。
(これだけで、相当ラッキー・恵まれてます)
暗黒時代だった中学時代も、
変わらず、つるんでくれるN君はじめ友達の存在が、
私を底の底まで落とすことから救ってくれました。
社会人になってからは、炎上案件で共に苦労を分かち合う
(お互いに愚痴り合うw)20歳以上も年上の戦友まででき、
その存在に幾度となく救われました。
そして今も、チームSKMの仲間たちや様々なご縁と繋がりが、
心理的安全性のあるベースキャンプになっています。
そして、実家と今の家族は、変わらず私にとっての
絶対安心のベースキャンプです。
誰の人生にも、必ず挫折はあり、失敗はあります。
けれど、その時に「孤独」でさえなければ、
人は完全に潰れることはないのではないでしょうか。
組織に「ベースキャンプ」を作ろう
これを皆さんの会社や組織に置き換えてみましょう。
働くメンバーにとって、職場が「安心のベースキャンプ」
になっているでしょうか?
人間関係のリスクを恐れず意見が言える、
あなたらしくあれる心理的安全な場になっているでしょうか?
それを作ることこそが、これからの時代における
リーダーの重要な責任だと私は考えています。
私がコンサルティングの現場でよく引用する考え方に、
マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム氏が提唱した
「組織の成功循環モデル」があります 。
このモデルが教えてくれるのは、成果(結果の質)
まず「関係の質」から始めよ、ということです。
関係の質とは、職場の人間関係や信頼感、
言い換えれば、関係の質のいい組織づくりとは、
「戻ってこれる場所」「自分らしく対話できる場所」
「心理的安全な場所」
時に反発したり喧嘩したりしても、
時に厳しく叱ることがあったとしても、
互いに愛情と信頼関係がベースにあって、
戻ってこられる場所、落ち着ける場所、飾らなくてもいい場所、
素直でいていい場所、何かあれば条件なしに
助けてくれる「家族」のような場が、
「ベースキャンプ」のイメージです。
※注:色々な家族があることは承知していますが、
私のイメージですので、ご了承ください。
あなたにとっての第三のベースキャンプ
実は、私たちが運営している共育コミュニティ「さんよし会」
のコンセプトも、まさに
『イキイキ働きたい、カッコイイ大人のベースキャンプ』です 。
職場でも家庭でもない、あなたの「第三のベースキャンプ」
になれればと願って運営しています。
ぜひ、皆さんもこのベースキャンプに立ち寄り、共に語り合い、
エネルギーをチャージしてみませんか? どなたでも大歓迎です。
詳しくは、下記ご確認ください。
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■イキイキ働きたいカッコイイ大人のベースキャンプ「
https://s-kando.com/service/



