ババを引ける人生 ~ババ抜きから学ぶ人生の捉え方~
チームSKM 中川です。
今日も、ゆるーくやってまいります。
どうぞよろしくお願いします。
皆さん、「ババ抜き」やったことありますよね。
子どもの頃、家族や友達とトランプを囲んで、
「誰がババ持ってるんやろ?」
なんて、相手の顔を見ながらカードを引いたものです。
では、質問です。
皆さんは、ババを引いた瞬間、どう感じますか?
昔の私は、
「わ~、ババ来た~!」でした。
でも、今の私は、
「お~、ババ来た~!」です。
同じ「ババ来た~!」でも、
「わ~」と「お~」では、
まったく意味が違います(笑)
昔の私は、ババを引くことを
「負けに近づくこと」だと思っていました。
できれば引きたくない。
早く誰かに渡したい。
最後まで持っていたくない。
ところが、よく考えてみると不思議なんですよね。
ババ抜きって、ババがなかったら面白くないんです。
全部が安全なカードだったら、
ただ同じ数字を揃えて、捨てていくだけ。
そこにババが一枚あるから、ドキドキする。
相手の表情を見る。
しらじらしい表情で駆け引きが生まれる。
「頼む~、それ引いてくれ!」と心の中で念じる(笑)
つまり、
ゲームを面白くしているのは、
実は「ババ」なんですよ。
これって、
人生も同じなんじゃないかなと思います。
人生にも、
「ババ来てもた~!」
「うわ、これババやん…」
と思うような出来事があります。
失敗した。
断られた。
恥をかいた。
思い通りにならなかった。
信じていたものが崩れた。
仕事や経営でも同じです。
新しいことに挑戦したけれど、うまくいかなかった。
採用した人が定着しなかった。
信じて任せた仕事で失敗した。
大きな決断をしたのに、思った結果が出なかった。
その瞬間は、
「なんで自分がこんなカードを引くねん」
と思うかもしれません。
でも、
そのカードを「失敗=負けにつながるカード」と捉えるのか。
それとも、
「お~、今度はこのカードが来たか」
と人生の一枚として受け取るのか。
その違いは、
結構大きいんじゃないかと思います。
大愚和尚のお話の中に、
人生の後悔について考えさせられる言葉があります。
人は、失敗したこと以上に、
「やらなかったこと」を後悔することがある。
「あの時、やっておけばよかった」
「あの人に伝えておけばよかった」
「挑戦しておけばよかった」
そんな後悔です。
人生で本当にやり直せない時が来るとすれば、
それは人生を終える時なのかもしれません。
それまでは、やり直せますよね。
失敗したら、もう一回やればいい。
遠回りしたら、そこから違う道を探せばいい。
ババを引いたら、
そのババを持ちながら、次の一枚を引けばいい。
そう考えると、
人生で大切なのは、
「いかにババを引かないか」ではなく、
「ババを引いても、次の一枚に手を伸ばせるか」だと思います。
もちろん、わざわざ失敗する必要はありません。
でも、失敗を恐れるあまり、
カードそのものを引かなくなったら、ゲームは進まない。
人生も同じです。
挑戦しなければ、大きな失敗はしないかもしれない。
傷つかないかもしれない。
恥もかかないかもしれない。
でも、何も引かなければ、
欲しかったカードにも出会えない。
やって後悔したことは、
いつか「経験」と呼べるようになります。
そして、その経験が、
次にカードを引く誰かの勇気になることもあります。
さんよし会も、
成功談だけを持ち寄る場所ではなく、
「こんなババを引きました~ ( ̄∇ ̄;)ハッハッハ」
と話せる場所であるといいよなぁ…と感じます。
誰かの失敗談が、
別の誰かにとって「次の一枚」を引く勇気になる。
そんな場を、これからも皆さんと一緒に
つくっていきたいと思います。
さて皆さん。
今、手元にあるカードは何ですか?
もし、
「これはババやなぁ……」と思うカードを持っているなら、
そのカード、本当に「ハズレ」でしょうか。
あとから振り返った時、
「あのババがあったから、今がある」
と思える一枚になるかもしれません。
そして、まだカードを引ける時間があるのなら、
恐れず、次の一枚に手を伸ばしてみませんか。
ババを引けるのも、
挑戦できるのも、
ゲームに参加している人だけですから。
次にババが来たら、
ニヤッと笑って、こう言ってみましょう。
「お~、ババ来た~!」
それではまた。
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